Sing Street
2019/12/03
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2019/11/27 19:00 New York Theatre Workshop $99 1F D11
今回一番気に入ったのがSing Street ネタばれ全開です。2020/1/26まで上演が続きますし、 New York Theatre Workshopは基本的にはオンBWでの上演を目指すプロダクションのようなので、今後見る意思のある人は読まないほうが良いかも。
あらすじなどはこの辺でどうぞ。
楽器を演奏することの意味
キャストはコナー(主人公)とその家族である ブレンダン(兄)、 アン(コナーの姉でブレンダンの妹) 、ロバード(父)、ペニー(母)、そしてヒロインのラフィーナ(コナーがあこがれる年上でモデル志望の子)、バンドメンバーはダーレン(マネージャー)、エイモン(コナーと一緒に曲を作る音楽面での盟友)、ケビン(キーボード/映画のンギグの名前を変えた?)、ラリー(ドラム)、ギャリー(ベース)、あとはバリー(いじめっ子)、バクスター(校長)、サンドラ(エイモンの母親)の14人のみ。他にアンサンブルキャストはいません。
セットはほとんどなくバックにスクリーンがあるのと左右の壁面にベンチがあるぐらい。椅子やテーブルなどの小物はシーンに合わせて出し入れしますが舞台上は驚くほどシンプルです。座席数200席に満たない小さな劇場で、本来舞台袖や奥などセットの保管や着替えなどに使うスペースまでを舞台として利用しているため、左右の壁面に設置されているベンチが劇中シーンで出番がないキャストが待機する場所となっています。ベンチの後ろの壁面にはギター類がぶら下げられ、前にはキーボードやドラムなど可動式の楽器が並んでおり、上演スペースと退避スペースの境界があいまいになっているのです。舞台後方のスクリーンの裏側だけは客席からは見えない退避スペースになっています。
舞台は同じ監督による映画原作ミュージカルOnceと同じようにキャストがオーケストラを兼ねており劇中でのバンド演奏曲だけでなく登場人物が心情などを歌うミュージカル曲もキャストの演奏で進行しますが、Onceと違って全キャストが演奏するわけではありません。楽器を演奏するのは原則子供達だけで大人は演奏しないのです。 映画とは違いモデルのラフィーナもマネージャーのダーレンもバンドメンバーとして楽器を演奏し、 さらにはバンドメンバーではない姉のアンといじめっ子のバリーも楽器を演奏します。 この楽器演奏の有無はキャストの退避スペースでも区別されていて、劇中場面に登場しない時、大人はスクリーン裏に退避しますが、子供達は客席から見える左右のベンチで待機し必要であればそこで楽器を演奏するのです。これはバンド演奏シーンでも同様で、アンやバリーはバンドメンバーではないばかりか劇中では楽器を演奏するキャラクターではないにもかかわらず舞台袖のベンチでバンドメンバーとともに演奏します。演奏する楽器もほとんど(全部かも)ギターなので曲によってはコナーとエイモンとアンとバリーの4人もギターを弾いていることになり、音楽面で必要があって演奏させられているのではないはずです。映画とは違いエイモンの母親サンドラはピアノを教えていますが、中盤にバリーがサンドラのもとをピアノを教えてほしいと訪れます。映画にはない設定ですがベンチでの待機シーンではこのずっと前からバリーも演奏しています。この辺りまで来て楽器を演奏するという行為が子供達が閉塞感漂うリアルにうんざりしているという現状をあらわしているのではないかと考えるように。ちなみにサンドラは他の大人、 コナーの両親や校長とは違いスクリーン裏ではなく舞台袖のベンチで待機し(スクリーン裏に退避する時もあったかもしれないが自信なし)一部楽器も演奏します。子供たちの理解者として描かれているのでしょう。あくまで理解者なので子供達の魂の叫びであるバンド曲には参加しません。子供達は衣装替えなどどうしても必要があるとき以外は演奏していなくてもベンチで待機し舞台上に視線を送っており、これも不満があろうと現実を受け入れている大人と、汲々とした現実に抗おうとする子供達の対比じゃないかと。特に出番が少ないにもかかわらずずっと舞台上を見つめているアンからそれを強く感じました。ちなみに2幕にはアンが感情を爆発させる見せ場がありますが、舞台上のシーンなのでこの時は楽器は演奏しません。コナーの両親や校長にも歌うシーンはあるのですが楽器は演奏しない。バンドメンバーが音楽によって魂を開放しているのは明らかなのですが、アンやバリーだって現実に押しつぶされそうになりながらもがいている。そこを楽器を使ってうまく表現しているなあと感心しました。
もう一人の主役
映画を見た人は兄のブレンダンはどうなってるの?と思うかもしれません。彼の存在は映画でも大きかったですよね。実はブレンダンは開演前から舞台奥のベッドで客席に背を向けてずっとふて寝してます。自分の出番が来ると起き上がって場面に参加しますが、出番が終わるとベッドに戻って再びふて寝状態へ。これはバンドの演奏シーンでも関係なし。ブレンダンの待機場所はずっとベッドなのです。当然楽器も演奏せず。楽器を演奏しないにも関わらず舞台上に待機することで 大人と子供達の中間の存在であることが 示されているわけです。ブレンダンは大学を中退し職にも就かずマリファナをやったりフラフラしているのですが、弟コナーのバンドに対しては優しくアドバイスしています。でもバンドが形になってコナーが自信をもって日常生活を送るようになるにつれ、逆にブレンダンは鬱屈としていきます。そしてアンの見せ場の後ついにブレンダンも思いを爆発させます。この辺は映画通りですが、Sing Streetはコナーの成長の裏でブレンダンの更生も描いていましたよね。このブレンダンが爆発するシーンで気付いたのです。ブレンダンも最後には楽器を弾くのではないか?いや絶対に弾くはずだ!と。スクリーン裏に退避するでもなく壁際のベンチで待機し楽器を演奏するでもなく、一人ベッドでふて寝していたブレンダン。彼の復活もまた楽器で表現されるに違いないと。物語の最後でコナーとラフィーナを見送った後、ブレンダンが歩き始めます。もうブレンダンがギターを弾くのは確信していましたが、ブレンダンのギターが現れるシーンがまた良かった。上にも書いたようにギター類は壁にぶら下げてあったのですが、ブレンダンのギターはそれではなくそのさらに上の棚に1本だけギターケースに入った状態で載せてあったのです!ベンチの上に上って棚からケースを下ろし、大切そうに取り出した自分のギター。彼が歌う曲は映画ラストでバックに流れる”Go Now” もちろん子供達も一緒に歌います。これにはやられました。当然この曲の終わりで暗転して終演。カテコはキャストのあいさつのみ。観劇前はカテコでアンコール的なバンド演奏があるのではないか?と予想していましたが、それはやらなくてよかったと思います。余韻を抱えて劇場を後にするほうがSing Streetにはふさわしい。
その他
映画にあるバンド曲はすべて舞台でも使用され、登場人物が歌うその他の曲が追加曲と思われます。そうすると映画にもあるバンドの曲”The Riddle of the Model”, “Up”, “To Find You”, “A Beautiful Sea”, “Drive it like you stole it”, “Girls”, “Brown Shoes”にラストの曲”Go Now”と追加曲が3,4曲ぐらい?の計11,2曲で結構少ない。それもあってかミュージカルというよりは音楽のあるストレートプレイ的な印象でした。
キャストは見た感じではみんなかなり若かった。映画のラフィーナはコナーの1つ上といいながらかなり大人びて見えましたが、舞台のラフィーナはちょっと幼い感じ。バンドメンバーとも釣り合いが取れていて良かった。最も強く印象に残ったのは兄のブレンダンかな。コナー、アンも含めて兄弟3人はみんな印象的でした。
今後の展開は?
Sing StreetをプロデュースしているNew York Theatre WorkshopはOnceやHadestownも手掛けているので、オンBWも視野に入れているのかもしれません。出来は非常に良いのですが、このままオンの劇場にもっていくのはつらそうな気もします。良品ではあるものの小品という感じで、大劇場で上演するには地味すぎる。同タイプのOnceにはバーのセットがありましたが、Sing Streetにはホントに何もない。 バックのスクリーンも最初から最後まで水平線が映されるのみ。(もしかしたら映像ではなく絵だったのかも)この水平線はアイルランドからイギリスを眺めた図を表しているはずなので大きな意味がある。それもあって他のセットは可動式の小物のみなのでしょうが、このままオンにもっていくと小さめの劇場であってもスカスカすぎるのでは?左右の舞台袖を取っ払ったスタイルもその印象に拍車をかけます。前述のOnceやHadestownをこの劇場で上演した時がBW版とどのぐらい違うのか分かりませんが、大劇場用にセットを増やしたり演出を変えたりするとガラッと印象が変わりそう。
ミュージックビデオを撮るシーンが何度もあるので、ビデオカメラを使ってスクリーンに映すのではないか?と観劇前には予想していましたがそういうのは一切なし。多くの人が気にしていそうな”Drive it like you stole it”ですが、アンサンブルキャストもいないので当然映画のようなミュージカルシーンではなくて、全体的に非常にシンプルな演出です。
オンに進出するのか?するならどう変えるのか?非常に興味深いところですが、個人的には微調整はすれど、今の方向性のままオフサイズの劇場でロングランしてほしいものです。