マイケル・アーデン演出のガイズ・アンド・ドールズ

   

マイケル・アーデン演出のガイズ・アンド・ドールズ、チケットをとるのに苦労し開幕してからも休演続きで本当に見られるのか?最後まで心配だったが何とか見ることができた。帝劇でのチケットが入手できず博多座での観劇となったが、東京公演は後半ずっと休演に終わったので結果的には幸運だったのだろう。

2017年にBWで見たOnce on This Islandの演出を手掛けたマイケル・アーデンを起用するということで楽しみにしていた半面、1950年初演のガイズ・アンド・ドールズはあまりにも古臭くて工夫するにしても限度があるのではというのが観劇前の印象で、2009年リバイバル版のトニー賞パフォーマンスを見た後に1955年の映画版を見てはいるが、授賞式で披露した”Luck Be a Lady”と”Sit Down, You’re Rockin’ the Boat”の他はこれといったナンバーもなく古典とはいえ退屈な印象だった。その「退屈な古典を現代の観客が見られるものにする」というのがマイケル・アーデンの演出意図だと思う。

一番の肝がオープニングナンバーで、歌のないオーケストラ演奏をバックに踊るキャストが次々と入れ替わり街の喧騒を表しているのだが、これがまあまあ長い。最近のミュージカルは序曲が無かったり、あるにしてもとても短くすぐに最初の歌唱ナンバー(もしくはセリフ)に入るものが大半だ。そういえば配信サブスク全盛時代になってヒット曲のイントロがどんどん短くなり、いきなりサビから入る曲も多いらしい。要するに現代の観客はせっかちなのだ。そこでマイケルが施した仕掛けが序曲に合わせて映画のようにテロップを流すという手法。幕が開いても更に一枚向こうが透けて見える幕を残し、そこにプロジェクションマッピングでテロップを流すのだ。このテロップが映画館で見る東宝のロゴから始まり出演者のみならず、裏方スタッフまで1曲全部使って投影していく。そして「演出マイケル・アーデン」の表記が!一部海外ミューオタ以外には知られていない自分の名前も一緒に売り込んでいくしたたかさに苦笑していると、実は自分の名前は最後のテロップではなくその後の「ピアノコンダクター太田裕子」の表記でオープニングナンバーが終了するとともにテロップ投影用の幕も上がる。(自分の名前を最後にしないのはなぜ?w)

この映像にフィルムノイズを乗せていることや、最初に出演者などのテロップを入れるという手法が昔の映画の特徴であることを考えると、このお話は昔の話なんですよ!ということを強調しているのだ。直後に「1920年ニューヨーク」というテロップ(年代はうろ覚えだがそのぐらいの時期)が入る。「だから当時の価値観を踏まえて鑑賞してくださいね」と念押ししているのだろう。

更にメインキャストの名前を本編前のテロップで出すというかつての映画の手法は、当時の映画がスターシステムで成り立っていたことの象徴でもあり、このカンパニーがメイン4人のスター興行であることにもマッチしている。(映画版ガイズアンドドールズもそうだし、昭和の東宝映画もそうだった)

東宝制作舞台のオープニングナンバーに東宝映画風のオープニングテロップを重ねるというお遊びにクスッとして、推しの名前が流れるテロップを眺めながらダンスを楽しんでいる間に長くて退屈なオープニングナンバーが終わり、コレを考えたのはマイケル・アーデンという人なんだなと刷り込まれるわけw ちょっと妄想が過ぎるのかもしれないが、日本の舞台では有料のパンフレットしかなくBWのPlaybillのような観客全員がもらえるスタッフやキャストの案内が無いと知ったこともこの演出のきっかけの一つになったのかもしれない。スタッフの皆さんもきっと喜んだのでは?

セットは地上2階+地下1階の計3階の大きな建物が舞台上を回転しつつ上下に出入りし、完全に床下に収納されるシーンもあるという大掛かりな仕掛けで、盆の回転で建物の両面を使い上下動で地下室を出し入れするという目で見て楽しく、かつこの仕組みをうまく利用することで人の出入りなども目立たないように処理されており、この辺のスムーズな場面転換も現代の観客にストレスなく見てもらえる工夫なんだろうと感じた。巨大なセットを用意した一方で舞台上を本来よりあえて狭く使っていて、マンホールをモチーフにしたと思われる半円上の枠を舞台上に設置しており、座席位置によってはその中を覗き込むような感じになってしまう。この枠はどこかのシーンで取り除かれることで何らかの視覚効果を狙っているでは?と予想していたが、結局最後までそのままだった。ということはあえて制限しているわけだ。これが良いことなのかは判断が難しいが、時々スペースを持て余したスカスカな舞台も見かけるので演出に合ったサイズまでしか使わないというのはアリなのかもしれない。日本の劇場はBWに比べても大きいし。マチソワの結果、2F後方サイドから見えない部分がもどかしいと感じたが、その後1F中央前方から見て2Fから見えないと思った箇所には需要なものはなかった。上下方向は大きく使って左右は少し圧縮して予算や人数に合わせたサイズの舞台を利用したということだろうか。(上下方向を大きく使うのはなんとなくBWっぽい気がする)最も2階後方サイドからの1回しか見られなかったとしたら、ストレスマックスでマイナスポイントにしかならなかった思う。

全体的に上手くブラッシュアップされているのか楽しく見ることができた。大掛かりなセットを考えるとお金はかかっていそうで再演はありそうだし、東宝は良いものを作ってくれた!と考えている気はする。(だっておそらくは梅芸に入らないセットを作る演出プランにゴーサインを出しているわけだし)その一方でお話の古さだけは流石にどうしようもなく、ここまでしてガイズ・アンド・ドールズを上演する必要があるの?と感じたのも事実。「結婚にこそ女性の幸せがある」という価値観や「女を落とせるかどうか?」を賭けるという脚本は、流石に現代のしかも女性がメインの観客層には古典であっても楽しめない人も多いのでは?もっともこれは演出家ではなく東宝サイドの問題である。

  • ハバナのシーンで舞台上で楽器を持っているバンドは実際には演奏しておらずただのフリなのはいいけど、オケの音はサックスなのにキャストが持っているのはクラリネットなのはいただけない
  • アデレイドが出演しているショーのシーンで支配人のアナウンスで幕が開くとその後ろにも更に同様の幕があるのが謎。意図があるのかないのかよく分からない…
  • そもそもガイズ・アンド・ドールズって何度も上演されるほど日本で人気があるわけ?楽曲は個人の好みだけどミューオタに広く大人気という印象はないし、いわゆるグランドミュージカルタイプとも思えない…最後のビッグナンバー”Sit Down, You’re Rockin’ the Boat”もスカイやネイサンじゃなく脇のナイスリー・ナイスリー・ジョンソンの曲だし
  • その”Sit Down, You’re Rockin’ the Boat”がみんな大好き手拍子ナンバーになっているかと思いきや、観劇した2回とも手拍子は無かった。これもホントに日本のミューオタに合っているのか疑問に感じたところ
  • マイケル・アーデンには次はリバイバルではなくBW新作の演出を期待したい!いや日本でもまたやってくれれば嬉しいけど、まずはBWで新作ミュージカルの演出を見せてくれー

 - Musical