マチルダ・ザ・ミュージカル(NETFLIX版)

   

舞台版と比較しながらの感想なので見てない方にはネタバレです。

「チャーリーとチョコレート工場」のロアルド・ダールによる児童文学「マチルダは小さな大天才」を原作としたWE産ミュージカルの映画化作品。元の舞台版Matilda the Musicalは2012年春に初の海外観劇(実はBWじゃなくてWEでした)で見た思い入れの深い作品だ。ただ第四の壁を破るような客席を意識した演出が多いなど映像化には難しい演出も多く、おそらく大きく変わるのだろうと予想していた。ふたを開けてみると、一部カット曲はあるもののストーリー展開はほぼ同じで案外舞台版に忠実だった。だが舞台版と映画版では受ける印象が全く違うのだ。これには驚いた!

原作小説は、ほぼ育児放棄状態の両親や体罰を奮い学校を恐怖で支配する校長先生と戦い、最終的には実の両親と決別して新しい疑似家族を獲得するというちょっと毒気のある物語だが、舞台版はダークではあるがコメディとして演出されておりファミリーミュージカルとして見られるものだった。ところが映画版では舞台版にあったコメディ要素がほとんど消し去られていて、舞台版と同じ楽曲で同じストーリー展開ではあるが、人によってはかなりツラく見えるのではないかと感じた。

舞台版が映像化される時にコメディからシリアスに変わってしまうのは、よく見られる現象ではあるが一応ファミリーミュージカルの体裁で作られたマチルダがここまで暗く重い味付けになるとは流石に予想外だった。3月から舞台版の翻訳公演が上演されるが、この映画版から入った人達も逆に劇場でびっくりするのでは?映画化にあたって舞台版と同じものを作っても仕方ないと考えたのだろうし、テイストとしては原作小説寄りに回帰したともいえるのだが、個人的にはコメディタッチの舞台版の方が好みだなあ。

以下舞台版との違いや気付きなど

  • マチルダの両親の描写が大きく変わっている。元々両親はマチルダの敵として描かれてはいたとはいえコメディーパート担当でもあったのだが、楽曲のカットも含めコミカルな部分はほとんど無くなっていた。ちなみに母親の曲Loudと父親の曲Tellyはこちらの記事によると撮影したにもかかわらずカットされたらしい。最初からコメディ要素をなくすつもりは無かったということか?
  • マチルダの兄の存在も消えた。これをなくすなら父親がマチルダを男の子呼ばわりするネタもいらないのでは?出産時に男の子を望んでいたという描写だけではつながりが弱いし、舞台版だとこのくだりがラストの父娘の和解風の別れのシーンに繋がっていたのだが、映画は和解したともマチルダが許したとも見えなかったし。
  • When I Grow Upは映画版RENTのような扱いになるかエンドテロップでのみ流れると予想していた。ただこの曲はストーリーの流れとあまり関係ないので、映画だととってつけたようにも見えたんだよなあ。カットすることは許されないだろうし扱いが難しいのは分かる。
  • ラベンダーのキャラが変わっていた。まあ舞台版での彼女のパートはカットするしかないのだが、性格まで変わっていた。
  • ラストに父親がダマしたマフィアが登場するシーンが無くなった。ここもコメディパートだったから…
  • LoudやTellyのカットは仕方ないけど、Patheticは残した方がよかったのでは?少しコメディタッチなのが問題なら新曲と差し替えるとか。序盤にミス・ハニーの曲があった方が彼女のキャラが引き立つはず。
  • 舞台版で男性の役だったミス・トランチブルが女性になったので、リアリティと共に恐怖度も増した。元々男性が担当していたのはアマンダをリアルにハンマー投げで振り回すという体力的な問題らしいが、男性が担当することコミカルな面も出ていたと思う
  • マチルダ役の子の演技が素晴らしかった。ある意味舞台版の子たちを超えていたかも。求められるものも違っていたように感じたので単純比較はできないが。
  • ミス・ハニーの歌声はあまり好きじゃないというか、My Houseがちょっとも物足りなかった。
  • 映画では観客が笑いそうな描写はブルースのゲップぐらい?に思えたが、海外(例えばイギリス)の視聴者だとそうでもないのだろうか?というのも細かいセリフ部分では舞台版で笑いをとってた要素がそのまま残っていたから。日本の視聴者は笑わないだろうと感じたし、私も映画では笑えなかった。
  • 楽曲もストーリーもそのままなので、ある面では舞台版に忠実なのだが、個人的には曲や物語を変更してもいいからダークコメディのテイストは残してほしかった。

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